魔法はとけない

まだ見たい景色があるんだ その笑顔と一緒に

#「迷い」と「決断」

今までの私の人生において、大きな決断をしたと言い切れることは、はっきり言えば一度もない。もちろん、その時その時で様々なことを考えてきたはずだ。考えて、自分なりの結論を出してきたはずだ。だけど結婚も出産も、上京も転職もしていない私からすると、胸を張って「こう決断しました」と言えることがないのだ。

 

去年の9月、入社6年目にして店長になった。それからというものの、毎日胃の痛い日々を送っている。どうしたって売り上げが伸びない。スタッフをうまく指導できない。何を言ったって伝わった手応えはなく、実際に何も変わっていない。私も私で、そんな状況を打破する一手を持たない。経験も知恵も少ない私は、ほとほと途方にくれている。

 

店長になって2ヶ月ほど経ったとき、身体が悲鳴をあげた。吐き気、めまい、耳鳴り、胃痛、酸欠、不調はあげればキリがない。まるで世界の終わりかのような顔をして帰宅する為、家族からも「もう仕事辞めたら?」と言われる始末。私の頭の中も「辞めたい」でいっぱいになり、ことあるごとに「辞めたい」と口にしていた。

 

それでも私は仕事を辞めなかった。辞めるという決断ができなかった。続けると決断したと言うと聞こえはいいが、これは決してそうではない。何も決められていないだけだ。そしてそのことを、少し恥ずかしく思ってもいる。

 

仕事を辞めない理由はたくさんある。この年齢での転職は厳しいだろうかとか、お給料は減るだろうかとか、そもそも自分に何ができるだろうかとか。私はあまりに臆病で、ヘタレで、文句ばっかり言いながら何も行動を起こせない。自分で自分の人生を変えることができない。ダサい。ダサすぎる。

 

辞めたいと思っているにも関わらず、決心がつかないかっこ悪い自分、そう自分を思うようになり始めた頃、本当に何も決められなくなった。自分で自分を追い詰めて、頭が働かなくなった。頭が働かないから、何も判断できない。判断できないから行動できない。行動しないから結果は出ない。結果が出ないからまた自信をなくす。スタッフの小さなミスに苛立ち、だけど注意する気力もない。悪循環だった。

 

そんな時、ささやかだけど、このままではダメだと、変わらないといけないと痛烈に思う出来事があった。ビールが美味しくないのだ。私は労働後のビールを何よりも愛している。今日は頑張ったぞ!と思える日のビールは、本当に美味しい。疲れた体に染み渡るアルコール。そんな大好きなビールが、ただの苦いだけの液体に変わった。心が疲れてばかりで、脳も身体も疲れてないんだと思った。私はやり切っていない。ただ時間が過ぎるのをじっと待っているだけだ。傷つかない為に、失敗しない為に、たくさんの問題を後回しにして余力を残している。頑張った!と言い切れない。それは、他のどんなことよりもかっこ悪いことなんじゃないだろうか。

 

人生を変えるような大きな決断は、きっと私にはできない。私にできることは今を、今日を、明日を、できる限り最善にする為の決断だ。

 

体調を崩しても現状を変えようとしなかった自分が、ビールを美味しく飲みたいという理由で変わらないといけないと思うなんて、なんて単純なんだと呆れてしまうけれど、私らしくて悪くない。何だか少しだけ楽しい気持ちになれた。

 

変えていこうと決めても、何から手をつけていいかわからなかった。今まで後回しにしていた問題は山積みだ。だけど、とりあえず何でもやってみようと思った。

 

まず手始めに、店内の展開を大きく変更した。今までこれがベストだと思っていたことを一度取っ払い、0から考え直した。全く景色の変わった店内を見渡したとき、私はほんとにちょっとだけ泣きそうになった。まだできることがある。きっと、まだまだある。それが正解かどうかなんてわからない。実際、それで売り上げが伸びたわけでもなければ、入店が増えたわけでもない。だけどまだまだ可能性があるんだと思えたことが、本当に嬉しかった。希望だ、と思った。その日のビールは、美味しかった。

 

次に、注意は必ずその時に直接本人に、と決めた。こんなことを言うと気を悪くするだろうか?変な空気になるだろうか?と遠慮ばかりしていたけれど、言うべきことはきちんと言うという、当たり前のことをきちんとしようと決めた。だけど実際には、そんなにかっこよくはいかない。何と言えば伝わるか、きちんと理解してもらえるか、常に迷いながら言葉を選んでいる。伝わっていないなと思うこともあるし、あの子にはこっちやったか!失敗したー!と思うことも多々ある。こんなことを言うと嫌がられるだろうななんて思うと、伝えることさえ躊躇してしまうこともある。だけど迷いながらでも、自分に喝を入れながら相手と向き合う。疲れるけれど、それでもビールは美味しい。頑張った!と自分で自分を褒めてあげられる瞬間が、私は嫌いじゃない。

 

何が正しいのかなんて、私にはわからない。選択肢はたくさんあって、可能性もたくさんある。選んだ方が間違いだったこともある。それでも私は正解を見つけたい。正解じゃなくたって、正解に近づきたい。まるで的外れであったとしても、的外れだということを知りたい。その為に迷って、考えて、決めたい。

 

まだ店長一年目。まだまだひよっこである。こんな悩みも迷いも序の口。きっとこれからも問題は起こり続けて、そのたびに逃げ出したくもなると思う。「辞めたい」と思う日もあるだろう。それでも私は、その瞬間をより良くする可能性を捨てたくない。悩んで、迷って、怖くなって、それでも小さな勇気を持って決断したい。正解を求めることを諦めたくない。

 

今のところ、人生における大きなライフイベントが起こりそうな予感はない。相変わらず今の会社で働くだろうし、結婚も出産も残念ながら当分ないだろう。一世一代の決断はまだまだ先になりそうだ。それでも日々働くことは迷いの連続で、常に決断を迫られている。仕事は難しい。だけど、だからこそ楽しい。

 

今笑う為に、今日をより良くする為に、明日に希望を持てるように、私は迷い続けると決めた。今日もビールが美味しい。